モリノスノザジ

 エッセイを書いています

中くらいの(1000~3000字)

たまにあやまちの金曜日

ひとつ、その日は金曜日で、次の日はお休みであったこと。ふたつ、家の冷蔵庫はからっぽで、ろくに食べられるものがなかったこと。みっつ、その日はなんとなく、まともに料理をする気持ちが起きなかったこと。それに加えて、よっつ、なにかの気まぐれで、た…

たとえばこんな終わり方

プリンスと結ばれなかったディズニープリンセスを、見たことがない。一組の男女が出会って、恋に落ちる。もしもこれがおとぎ話だとしたら、彼らは道行く先で困難にぶつかりながらも、互いに愛を深め、やがて結ばれることだろう。 おとぎ話の世界で幸せな恋ば…

入籍の日ってうちじゃなぜか

「彼女、今入籍してるところなので」と言いかけて、いまにも口から外に出ていこうとする言葉の肩に手をかける。まだ出るな。今、「今入籍している」と言おうとしたのか? 同じ職場の後輩の女の子――偶然にも私と同じ「森」さんだ――は今日、休暇を取っている。…

ねこ、ねこを増やせ

なにも予定のない土曜日の昼はだいたい、寝ている。午前中に家事や買い物を済ませ、昼食を取ってからゲームで軽く身体を動かす。14時ころ、本を読もうとソファに横になって――もちろん、予定通りにソファで読書ができたことなんてない。 暖房の効いた明るい部…

新春ドン引きカレー

クリスマスに食べるシュトーレンにも、喫茶店のモーニング・サービスにもそれはある。端午の節句に飾るこいのぼり、ネクタイの模様、ごはんの前の「いただきます」にも。どんな慣習もたったひとりの思い付きからはじまる。こんなことしたらおもしろいかも。…

買い物占い2022

にがてにがて、お金のことを考えるのは苦手。節約や運用のことを考えるとからだがムズムズしてじっとしていられなくなる。まだ掃除をしたほうがマシだ。それでも人並みに将来に対する不安はあるものだから、結局のところ、上手にお金が使えない人間が生まれ…

明けまして、多すぎる

年末年始は、どうもしきたりが多すぎるような気がする。年末の大掃除に始まって、年越しそばに除夜の鐘。年が明ければ、初詣。正月飾りに鏡餅、門松、おせち。年賀状にお年玉。お雑煮、お屠蘇。元旦はお風呂に入らないだとか、掃除をしないだとか、行動に関…

チーズたっぷりミラノ風ドリアのパ

12月24日の夕方、サイゼリヤ札幌すすきの交差点店。二人席。テーブルをはさんで向こう側の座席には、ブラウンのコートが丸まっている。まだ少しだけついていた外の雪は、サイゼリヤのあたたかさに緩んで、やがて微細な光の粒へと変わっていく。私はテーブル…

入浴は戦いだ

入浴は戦いだ。 入浴前に、入浴剤を選ぶのは好きだ。家と職場とスーパーを行き来しているだけの生活で手に入る入浴剤はバブくらいだが、柚子か蜜柑かを選べるだけでもずっと楽しい。ばら売りの入浴剤がいくつもストックされていると、よりよい。暑い夏はクー…

真夏の夜の

全体がゆるくゆるく傾斜掛かったようなその街の朝のなかを、一台の車が走り出ていくのを見た。朝、私はコンクリートの高台の上を歩いていた。そこから一段低いところに道があり、車はその道を飛ぶように走っていく。車内にちらっとだけ、隣のクラスの担任の…

すごくふつう

毎日通う職場のビルがすごいので聞いてほしい。ビルは、すごい。まず、毎日あの形を保っている。おとといから昨日にかけては、久しぶりの、それなりに雨量の多い雨模様だった。それでもビルは、濡れてへたっていることもないし、湿気で膨張することもない。…

考える・始める

日記はここしばらく更新が途絶えている。もともと、ここ数年はこまめに書いていたということでもない。記録に残しておきたいような特別な出来事が起こったとき。あとは観劇をしたときにその感想と、ついでにその日にあった出来事を書いておくくらいだった。…

100万円が、あらわれた!

6月21日、22日のAmazonプライムデー。それに、もうじきやってくるボーナスの支給日。さあ今回は何を買おうかななんて期待をふくらませていてもいいような時期なのに、いざ買うぞとなると肩透かしをくらったみたいに買いたいものがない。本は書店で買うことに…

5・7・5とすこしのことの

俳句の話を、と言われているのについつい短歌のことを話したくなってしまうのは歌詠みの悪い癖だけれど、私が今のように短歌をはじめるようになったきっかけを聞いてほしい。 私が教科書の外で出会ったはじめての短歌は新聞歌壇だった。どんな歌だったかはも…

かたちのかたち

それまで特になんでもなかったものが、あるときから急に気になりはじめて、とても無視できなくなってしまうことがある。言っておくが、恋ではない。マグカップのふちをなぞっていた指が、マグカップの欠けた部分に触れて、それからずっとそこをなぞってしま…

伊藤さん

ねこが信頼している飼い主にやるあれ、ゆっくりとまばたきをするやつがいいな。私はねこを飼っていないけれど、実家に帰ると二匹のねこは私のことをまだ覚えていて、ときどきあれをやってくれる。ゆっくりとしたねこのまばたきを見つめながら、おんなじよう…

切り口はまだ、やけにあざやか

一人暮らしなのに食べ切れないほどのみかんを買って、たいていその何割かはだめにしてしまう。冬の空気で乾燥してしわしわになったみかんはこころなしか以前よりもやや縮んでいて、けれどもそんなふうに乾燥してもう食べられないと思われるみかんでも、半分…

大吉人間、あらわる

感染症対策、ということで元旦の参拝を遠慮して、せめて三が日が過ぎるまでとは見送って、仕事がはじまったらそれどころではなく、それからはすっかり忘れてしまっていたものだから、先月になってようやく「初詣」をした。とは言え「初詣」にははっきりとし…

涙、よくわからない

いつもどおりのゆるい朝の挨拶を交わして、デスクに座った先輩が「Windowsのアップデート、した?」と聞いてきた。なんでも現在使用しているバージョンは来月でサポート切れになるだとかで、システム担当者からアップデートを指示されていたのだ。「10分くら…

バカの薬箱

幼いころは薬屋が定期的に家にやってきた。薬屋がやってくると母は、押し入れから透明なオレンジ色の引き出しがはいった薬箱を取り出してきて、そこに新しい薬を詰めてもらうのだった。 その薬箱を、母に内緒で何度か開けたことがある。カプセル薬は光にかざ…

いつかブログを閉じるとき

「いつかはこのブログが必要でなくなるときがくる」。そう書いたひとがいて、ああそうだなとおもった。その人がそう考えるに至った具体的な経緯や、むしろそういったことが書かれてあったかどうかすらも覚えていないのだけれど、その一言だけは覚えている。…

戦線にまどろみ

長い長い戦争がはじまって、もう20年近く経つ。それは降ってわいたように前触れもなくやってきた。こちらに攻撃されるようないわれはない。…たぶん、そのはずだ。容赦ない猛襲に対して、私は涙や鼻水を流して防衛するしかなく、敵に対して積極的に危害を加え…

「結婚しました」

じつは、結婚をしました。去年の12月くらいに。もっとはやくお伝えしたかったのですが、年明けは仕事がばたばたしていて、それどころではなくて。実際、ふたりで暮らすようになっても「新婚」という感じでもなくて、なんだか実感がありません。結婚したのは…

隔たったところから

変化というものは本来、いいものでも悪いものでもない。変化にはいいものも悪いものもあるし、ある変化がいいものであると同時に悪いものでもあるということもある。それなのに。「この1年の変化」と言われると、ほとんど反射的に「悪い変化」のほうが頭には…

はやくセックスをしてくれ

暗い部屋。大きなスクリーンに映し出された映像の、どちらかというと明るい部分だけが光となって顔面を照らす。私は緋色のカバーがかかった跳ね上がり椅子に腰かけて、さっきからエロいシーンを待ちわびている。別にエロいビデオを見てるわけではない。そう…

Scrap of

1月から3月にかけてのお楽しみは、4月に備えてあたらしい手帳を探すこと。まめに手帳を書くわけでもなく、それでも、観たい映画や楽しみにしている舞台の予定を一覧できる手帳を辞めるタイミングもなくて、なんだかんだスカスカの手帳を持ち続けている。 …

熱々のお湯でうがい

ふしぎだ。まことにふしぎだ。 会社のビルの1階にはとある銀行の支店が入っていて、私はその支店の女性行員専用の休憩室とフロアを同じくしている。だから昼休みに給湯室で歯を磨いていたりすると、口に歯ブラシをくわえた行員さんが「ふみまへ~ん」なんて…

坊主に水を遣る

ずいぶん遠くのようで、ついこのあいだのできごとのようでもある年越しのことをおもっては、ためいきをつきたくなる。いつものことだ。翌日からはじまる「新年」に希望をはせ、胸いっぱいで眠る大晦日。一年の計は元旦にあり、なんて張り切って、一年の目標…

今年の一歩

自分自身のことはそこまで好きなわけでもなく、かと言って大嫌いということもない。なんだかんだで30年以上一緒に過ごしてきた自分のことだから、情が沸いてしまうのだ。いまさら見捨てるというわけにもいかない。もっとも見捨ててしまえば私は終わってしま…

次のご注文は?

「本日中にお召し上がりください」を、あの人たちはどういうつもりで口にするのだろうか?夜の8時に山盛りのパンを買う人。箱一杯のケーキを買う人。世の中にはきっとその「本日中にお召し上がりください」を忠実に守る人や、忠実に守ることができる幸せな…