モリノスノザジ

 エッセイを書いています

中くらいの(1000~3000字)

バカの薬箱

幼いころは薬屋が定期的に家にやってきた。薬屋がやってくると母は、押し入れから透明なオレンジ色の引き出しがはいった薬箱を取り出してきて、そこに新しい薬を詰めてもらうのだった。 その薬箱を、母に内緒で何度か開けたことがある。カプセル薬は光にかざ…

いつかブログを閉じるとき

「いつかはこのブログが必要でなくなるときがくる」。そう書いたひとがいて、ああそうだなとおもった。その人がそう考えるに至った具体的な経緯や、むしろそういったことが書かれてあったかどうかすらも覚えていないのだけれど、その一言だけは覚えている。…

戦線にまどろみ

長い長い戦争がはじまって、もう20年近く経つ。それは降ってわいたように前触れもなくやってきた。こちらに攻撃されるようないわれはない。…たぶん、そのはずだ。容赦ない猛襲に対して、私は涙や鼻水を流して防衛するしかなく、敵に対して積極的に危害を加え…

「結婚しました」

じつは、結婚をしました。去年の12月くらいに。もっとはやくお伝えしたかったのですが、年明けは仕事がばたばたしていて、それどころではなくて。実際、ふたりで暮らすようになっても「新婚」という感じでもなくて、なんだか実感がありません。結婚したのは…

隔たったところから

変化というものは本来、いいものでも悪いものでもない。変化にはいいものも悪いものもあるし、ある変化がいいものであると同時に悪いものでもあるということもある。それなのに。「この1年の変化」と言われると、ほとんど反射的に「悪い変化」のほうが頭には…

はやくセックスをしてくれ

暗い部屋。大きなスクリーンに映し出された映像の、どちらかというと明るい部分だけが光となって顔面を照らす。私は緋色のカバーがかかった跳ね上がり椅子に腰かけて、さっきからエロいシーンを待ちわびている。別にエロいビデオを見てるわけではない。そう…

Scrap of

1月から3月にかけてのお楽しみは、4月に備えてあたらしい手帳を探すこと。まめに手帳を書くわけでもなく、それでも、観たい映画や楽しみにしている舞台の予定を一覧できる手帳を辞めるタイミングもなくて、なんだかんだスカスカの手帳を持ち続けている。 …

熱々のお湯でうがい

ふしぎだ。まことにふしぎだ。 会社のビルの1階にはとある銀行の支店が入っていて、私はその支店の女性行員専用の休憩室とフロアを同じくしている。だから昼休みに給湯室で歯を磨いていたりすると、口に歯ブラシをくわえた行員さんが「ふみまへ~ん」なんて…

坊主に水を遣る

ずいぶん遠くのようで、ついこのあいだのできごとのようでもある年越しのことをおもっては、ためいきをつきたくなる。いつものことだ。翌日からはじまる「新年」に希望をはせ、胸いっぱいで眠る大晦日。一年の計は元旦にあり、なんて張り切って、一年の目標…

今年の一歩

自分自身のことはそこまで好きなわけでもなく、かと言って大嫌いということもない。なんだかんだで30年以上一緒に過ごしてきた自分のことだから、情が沸いてしまうのだ。いまさら見捨てるというわけにもいかない。もっとも見捨ててしまえば私は終わってしま…

次のご注文は?

「本日中にお召し上がりください」を、あの人たちはどういうつもりで口にするのだろうか?夜の8時に山盛りのパンを買う人。箱一杯のケーキを買う人。世の中にはきっとその「本日中にお召し上がりください」を忠実に守る人や、忠実に守ることができる幸せな…

ちょっといい顔になりました

ほめられるのは、簡単じゃない。単に私がほめられ慣れていないという、それだけのことなのかもしれないけれど、人にほめられるのは気恥ずかしくてくすぐったいことだ。 何についてほめられるかというのもいうのもわりと重要で、たとえば、自分ではたいしたこ…

きょうも大丈夫

通勤電車にはやや遅い時間、のはずだけど、空いているというわけでもない車内だった。ロングシートにはまばらな空席、それに、つり革につかまって立っているひともちらほら。これだけ座席が空いているのに立っているということは、つまり、立ちたいというこ…

ご褒美ってなんだ?

なんだろう、この。季節の変わり目のせいなのか。ここ半月ほどあまり元気がない。叩き込まれた裏拳にずっと胸を圧迫されているような重たさがおでこから眉間のあたりにかけてぶ厚く堆積していて、ほんのちょっとした衝撃で水がこぼれてしまうコップみたいに…

童貞をきみに捧ぐ

個室というものは根本的にプライバシーを保つという目的で設けられるものであって、だから、個室のなかでどんなことが行われているか、どんなふうに行われているかはわからない。個室ビデオも個室カラオケも、電車のコンパートメントも、一人暮らしのワンル…

苦くて苦い

好きか嫌いかで言うと、嫌い。 ――だったはずだ。いや、厳密に嫌いだった…なんて言うと、最悪な第一印象から始まるラブストーリーみたいだけれど、でもこれは違う。 なにしろあいつと言えば真っ黒でドブみたいな見た目をしているし、舐めれば苦い。むしろ苦い…

鍋の沼にはご用心

スーパーマーケットに行くときには注意しなければならない。たいていのスーパーマーケットは入り口を入ってすぐ野菜を陳列していて、つまり、お店に入るやいなや白菜ドン!ニンジンしいたけドン!!えのきがドン!ついでにサイドの保冷庫にお豆腐と揚げがドン…

愛のことを言わせてほしい

電車のなかで知らない人とふと目があって、それから、もしかしたらこの人との間に始まる恋があったかもしれないと想像する。いい相手に出会えないだのなんだのとたくさんの人が言うけれど、多分そうでもない。今の今まで他人だった相手であっても、何かのき…

切り上げ三十は背伸びがしたい

「底のほうに粉が溜まっていると思いますから、最後まで飲み干さないほうがいいですよ」と言う店員からホットコーヒーを受け取って、確保しておいた席に戻る。カフェではいつもすみっこだ。出されたものを「最後まで飲まないほうがいいですよ」だなんてめず…

北国は隠してる

なにも予定がない、誰とも約束をしていない休日はとてもひさしぶりで、こんな日はむやみに掃除をしたくなる。なにもしない休日というのもそれはそれでいいのだけれど、そういう日は終わってから後悔しがちだ。なにもする気がしないならしないで、むりやりで…

季節が足りなかったので

地元LOVEとかそういうわけではないんだけれど、というか、どちらかと言うと地元を捨ててこんなところまで来てしまった立場ではあるのだけれど、一人暮らしをはじめてから10年以上もの間、冬は必ずインスタント味噌煮込みうどんを常備している。野菜もたっぷ…

そして謎は更新される

ドイツの哲学者イマヌエル・カントは、その生活の規則正しさがよく知られている。カントは毎日、決まった道筋を決まった時間に散歩した。そのルーティーンには寸分たりとも狂いがなく、カントの散歩道沿いにある家では、家の外を歩くカントの姿を見て時計の…

くせコレクション

微弱な揺れを検知して、すばやく周囲に目を走らせる。書架、揺れてない。デスクの上の吊り看板、揺れてない。ペン立てに差してある定規、これも…揺れてない。おかしいな。30年以内に大地震に見舞われる可能性が50%と言われる地域に生まれて、地震には敏感に…

ドレスコードは「よっぱらい」

人生も終盤にさしかかって、自分に残された時間を急に意識するようになったーーわけではないと思うけど、なにかをすることはそれ以外のすべてのことをしない決断をすることだということを肌に刻むように、このところは生きている。私は同時にひとりしか存在…

12歳はつきまとう

学校で書かされた「将来の夢」を、大人になってから実現したひとってどれくらいいるのだろう。多分、高校の卒業文集に書かれた夢よりは中学校の卒業文集に書かれた夢のほうが、中学校の卒業文集に書かれた夢よりは小学校の卒業文集に書かれた夢のほうがのち…

後悔ロード

それでもなんとか上手に生きていきたいという気持ちで、あほはあほなりに計算をしてみたりする。このプリンを食べる場合と食べない場合で、どれくらい幸福度に差ができるか。嫌いなあの人と出くわさないためには、書類を持っていく時間を何時ころにすればよ…

ホットドックと社会人ときらきら

たったいま店員が持ってきてくれたばかりのホットドックを片手に、私はしばし正視した。これはもしかしたら、いや、もしかしなくても、カウンターでホットドックを注文したあのときから、私は間違っていたのかもしれない。そう、後悔した。 約束の時間までの…

かかと落としとその先と

夜の間に降ったらしい雨はすっかり上がって、濡れた路面がきらきら輝いている。シャツに薄手のジャケットを羽織って玄関を出ると、なんだか昨日よりまた一段階季節が冬の方向に進んだような気がして軽く身震いした。これはもうちょっとしたら秋物のコートが…

あなたは内から?外から?

”それ”は、年末にさしかかるちょうどこの季節にやってきて、村を襲います。そうなると村人たちは、恐怖に怯え、震えることしかできません。”それ”は村をあたためる太陽を隠し、つめたい結晶をいくつも空から降らせて家や田畑、家畜をすっかり覆いつくします…

極まりし運動嫌いのためのメソッド

今週のお題が「運動不足」ということで、自粛により運動の機会を失ったはてなブロガーたちがゾンビのように集まり、また、そんななかでも身体を動かすことをやめなかったブロガーたちが「手軽に始められる運動」とやらを伝授するべくやたらと甘ったるい声を…