モリノスノザジ

 エッセイを書いています

中くらいの(1000~3000字)

ちょっといい顔になりました

ほめられるのは、簡単じゃない。単に私がほめられ慣れていないという、それだけのことなのかもしれないけれど、人にほめられるのは気恥ずかしくてくすぐったいことだ。 何についてほめられるかというのもいうのもわりと重要で、たとえば、自分ではたいしたこ…

きょうも大丈夫

通勤電車にはやや遅い時間、のはずだけど、空いているというわけでもない車内だった。ロングシートにはまばらな空席、それに、つり革につかまって立っているひともちらほら。これだけ座席が空いているのに立っているということは、つまり、立ちたいというこ…

ご褒美ってなんだ?

なんだろう、この。季節の変わり目のせいなのか。ここ半月ほどあまり元気がない。叩き込まれた裏拳にずっと胸を圧迫されているような重たさがおでこから眉間のあたりにかけてぶ厚く堆積していて、ほんのちょっとした衝撃で水がこぼれてしまうコップみたいに…

童貞をきみに捧ぐ

個室というものは根本的にプライバシーを保つという目的で設けられるものであって、だから、個室のなかでどんなことが行われているか、どんなふうに行われているかはわからない。個室ビデオも個室カラオケも、電車のコンパートメントも、一人暮らしのワンル…

苦くて苦い

好きか嫌いかで言うと、嫌い。 ――だったはずだ。いや、厳密に嫌いだった…なんて言うと、最悪な第一印象から始まるラブストーリーみたいだけれど、でもこれは違う。 なにしろあいつと言えば真っ黒でドブみたいな見た目をしているし、舐めれば苦い。むしろ苦い…

鍋の沼にはご用心

スーパーマーケットに行くときには注意しなければならない。たいていのスーパーマーケットは入り口を入ってすぐ野菜を陳列していて、つまり、お店に入るやいなや白菜ドン!ニンジンしいたけドン!!えのきがドン!ついでにサイドの保冷庫にお豆腐と揚げがドン…

愛のことを言わせてほしい

電車のなかで知らない人とふと目があって、それから、もしかしたらこの人との間に始まる恋があったかもしれないと想像する。いい相手に出会えないだのなんだのとたくさんの人が言うけれど、多分そうでもない。今の今まで他人だった相手であっても、何かのき…

切り上げ三十は背伸びがしたい

「底のほうに粉が溜まっていると思いますから、最後まで飲み干さないほうがいいですよ」と言う店員からホットコーヒーを受け取って、確保しておいた席に戻る。カフェではいつもすみっこだ。出されたものを「最後まで飲まないほうがいいですよ」だなんてめず…

北国は隠してる

なにも予定がない、誰とも約束をしていない休日はとてもひさしぶりで、こんな日はむやみに掃除をしたくなる。なにもしない休日というのもそれはそれでいいのだけれど、そういう日は終わってから後悔しがちだ。なにもする気がしないならしないで、むりやりで…

季節が足りなかったので

地元LOVEとかそういうわけではないんだけれど、というか、どちらかと言うと地元を捨ててこんなところまで来てしまった立場ではあるのだけれど、一人暮らしをはじめてから10年以上もの間、冬は必ずインスタント味噌煮込みうどんを常備している。野菜もたっぷ…

そして謎は更新される

ドイツの哲学者イマヌエル・カントは、その生活の規則正しさがよく知られている。カントは毎日、決まった道筋を決まった時間に散歩した。そのルーティーンには寸分たりとも狂いがなく、カントの散歩道沿いにある家では、家の外を歩くカントの姿を見て時計の…

くせコレクション

微弱な揺れを検知して、すばやく周囲に目を走らせる。書架、揺れてない。デスクの上の吊り看板、揺れてない。ペン立てに差してある定規、これも…揺れてない。おかしいな。30年以内に大地震に見舞われる可能性が50%と言われる地域に生まれて、地震には敏感に…

ドレスコードは「よっぱらい」

人生も終盤にさしかかって、自分に残された時間を急に意識するようになったーーわけではないと思うけど、なにかをすることはそれ以外のすべてのことをしない決断をすることだということを肌に刻むように、このところは生きている。私は同時にひとりしか存在…

12歳はつきまとう

学校で書かされた「将来の夢」を、大人になってから実現したひとってどれくらいいるのだろう。多分、高校の卒業文集に書かれた夢よりは中学校の卒業文集に書かれた夢のほうが、中学校の卒業文集に書かれた夢よりは小学校の卒業文集に書かれた夢のほうがのち…

後悔ロード

それでもなんとか上手に生きていきたいという気持ちで、あほはあほなりに計算をしてみたりする。このプリンを食べる場合と食べない場合で、どれくらい幸福度に差ができるか。嫌いなあの人と出くわさないためには、書類を持っていく時間を何時ころにすればよ…

ホットドックと社会人ときらきら

たったいま店員が持ってきてくれたばかりのホットドックを片手に、私はしばし正視した。これはもしかしたら、いや、もしかしなくても、カウンターでホットドックを注文したあのときから、私は間違っていたのかもしれない。そう、後悔した。 約束の時間までの…

かかと落としとその先と

夜の間に降ったらしい雨はすっかり上がって、濡れた路面がきらきら輝いている。シャツに薄手のジャケットを羽織って玄関を出ると、なんだか昨日よりまた一段階季節が冬の方向に進んだような気がして軽く身震いした。これはもうちょっとしたら秋物のコートが…

あなたは内から?外から?

”それ”は、年末にさしかかるちょうどこの季節にやってきて、村を襲います。そうなると村人たちは、恐怖に怯え、震えることしかできません。”それ”は村をあたためる太陽を隠し、つめたい結晶をいくつも空から降らせて家や田畑、家畜をすっかり覆いつくします…

極まりし運動嫌いのためのメソッド

今週のお題が「運動不足」ということで、自粛により運動の機会を失ったはてなブロガーたちがゾンビのように集まり、また、そんななかでも身体を動かすことをやめなかったブロガーたちが「手軽に始められる運動」とやらを伝授するべくやたらと甘ったるい声を…

ここは金星人のすみか

宇宙人と言えば、うすい灰色の人型で、頬はこけて顎がやたらととんがっていて、白目のない大きな瞳、小さな口。触れれば硬くて乾燥していそうなあいつ。それから、帽子のようなぐんにょりした頭(?)から何本も触手を生やし、さわればやわらかくてしっとり…

もう子どものままじゃいられないのよバウムクーヘン

5年前に別れた恋人から連絡がきたのは、三日前のことだった。なんでも用事があって近くまでくるんだとかで、地元で有名な酒蔵の日本酒をおみやげに買ってあるだなんて言うので時間をさがして少しだけ会うことにしたのだ。 待ち合わせをしたのは、駅ビルのな…

ニコチンとアルコール

なにかが始まるにはなにかが起こらなければならない、なんて当たり前のことだけど、例えば映画や小説で、特になんてことのない日常から物語を始めるにはなにかのきっかけがなければならない。この状況からどうやってお話を動かすのだろう?って考えながらみ…

ツウキン・奪取・ストラテジー

いっときのやや空いた車両にすっかり鈍らされていたのだけれど、最近になって思い出した。通勤は戦いである。敵はいつ、どこにいるかわからない。朝の通勤車両に投げ込まれた鋭い野生たちは、いつでも奪取の機会をうかがっている。そして私自身もまたその野…

受取人指定(返品不可)

先週は疲れがたぷんたぷんに溜まった壺みたいに、とにかくぐったりと、ただ生きていた。起きるなり身体がだるい。出勤しても眠いし、夜も眠い。9時間以上眠っているのにただただ眠い。眠っても眠っても身体がだるい。便座に座れば壁がぐにゃぐにゃと回り始め…

日常とか非日常とか

それなりに悩んだりもしたのだけれど、なにしろ未だ未知の部分が多いウイルスのことだ。誰も本当の正解なんて知りようがない。その意味においては、できうる限りのことを尽くすことを前提としたうえで、そのうえでのGOサインを出すのか出さないのかの判断は…

エナジーギンガギンガ

やってしまった。わかっていたはずなのに。甘くみてしまった。もう、取り返しがつかない。どうしようもない。…もう、今夜は眠れない。 昼の12時ころのことだった。リミットを見極めるのに失敗したのだ。私はカフェインに人一倍敏感で、午後をまわってから…

みんな私がかわいい?

なんだかんだ欠点もある私だけれど、基本的にはかわいい生き物だと思っている。かわいい。散歩中にどこからか香るにおいにふと気がつくみたいに、その感覚は日常生活のふとした瞬間をかすめていく。それは、私が何かに成功したときではなく、清潔にめかしこ…

人生のおやつ

髪を切るのはひと月半ぶりだ。久々にヘッドスパもお願いして、たっぷり3時間も美容室の鏡の前にいた。美容室の鏡はまるで魔法の鏡だ。最初に案内されてその前に座ると、そこにはボサボサで形のくずれたみすぼらしい私が映る。おかしいな?鏡なら朝家を出る…

今日もゆかいな淳さんから

日本がイタリアだったら、毎日スられてんだろうなーと思いつつ階段をのぼる。駅のホームから改札へ上がる狭い階段は、スーツの黒集りで濁流だ。そんななかに、ぱっくりと口のあいた鞄をぶら下げている。わざわざ口を閉めるのがめんどうなだけで、特に理由は…

男と女と友情と

だいたいのところ飲み会はルーティーンが決まっていて、一次会では先生も呼べるような最低限に小ぎれいな店。二次会は魚民で、その次は暗い路地裏のせっまいバー。それでも飲み足りないときは後輩がバイトしてるタイ料理店。そうやって無駄に店を変えては、…