モリノスノザジ

 エッセイを書いています

はやくセックスをしてくれ

 暗い部屋。大きなスクリーンに映し出された映像の、どちらかというと明るい部分だけが光となって顔面を照らす。私は緋色のカバーがかかった跳ね上がり椅子に腰かけて、さっきからエロいシーンを待ちわびている。別にエロいビデオを見てるわけではない。そういえば、アダルトビデオってどうして令和の時代になっても「ビデオ」なんだろう?

 

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 納得がいかないことがある。映画のレイティングシステムのことだ。日本では現在「G」「PG12」「R15+」「R18+」に区分けされ、各作品はそれぞれ、性的な描写の有無に加え、暴力や殺人など反社会行為、未成年による飲酒や薬物使用のシーンの有無などによってどの区分に該当するかを審査される。「G」、つまり「一般向け」に分類された映画は誰でも見ることができるが、「R18+」の映画をみることができるのは18歳を超えている者に限られる。過激な描写が精神的に未成熟な若者に与える影響を考慮しての制限だ。 

 

 しかし、18歳未満は「R18+」映画を見られない、ということは、18歳以上であればだれが見ても問題がない、ということを直ちに意味しない。少なくとも私の場合は、大いに問題である。精神的に未成熟で、善悪の判断がつきかねるから―――というわけではない(とおもいたい)。単純に、いくつになったって残酷なシーンは嫌なのだ。つくりものとわかっていたって、登場人物が痛そうにしていたら私も苦しい。ショッキングなシーンに出くわせばびっくりする。そして、数日間はその痛みを引きずるのだ。

  その意味では、レイティングシステムはそういった「ショッキングな映画」を見極めるためのひとつの判断材料になる。「G」のみの映画を選んでみていれば、心の平穏は守られるわけだ。なんてったって「G」はGeneral(全員の)のG。3歳の子どもだって見られるのだ。すばらしい、レイティングシステム最高!と叫びたくなる。

 

  しかし、問題もある。ひとつは、なんらかの年齢制限が加えられている映画が、かならずしも内容が暴力的であるがゆえに制限されているとは限らないことである。例えば未成年の喫煙シーンがあるからとか、ちょっとエッチなシーンがあるからとか、そういう理由で「PG12」なり「R15+」にレイティングされていることもある。

 なにが問題かっていうと、個人的に、そういうのは問題ないのだ。映画を見て「タバコ吸いて~」とはならないし、まあ仮にそうなって吸ったとしても法律上問題はない。エロいシーンにも動じない。ただ、暴力がなければいいのだ。しかし「PG12」とか「R18+」とかいった表示は、その映画がなんのゆえにそうレーティングされているかを示してくれない。

 

 年齢制限があるがゆえにその映画を見ないという選択肢をすることは、一方では暴力描写がある映画を回避することを可能にするが、また一方では心からたのしめる映画を見のがすことにもつながる。そして見逃した映画のなかには、暴力描写以外の理由によって年齢制限が付されており、したがって、暴力描写に弱い私が見てもなんの問題もなかった作品が含まれているかもしれないのである。 

 だから願わくば、年齢制限付きの映画にはその理由を事前にわかるようにしてほしい。「暴力」「残酷」あるいは「薬物使用」「未成年飲酒」と区分分けしてほしい。それもできるだけ正確に。Amazon プライムでは作品の冒頭でそういった表示がされるけれど、必ずしも正確とは言い難い。というか、Amazonの区分分けはわりとよくわからないので参考にしていない。

 

 もうひとつよくわからないのは暴力・残酷表現であっても、ある程度までは「セーフ」とされているようにみえることだ。全年齢向けだから安心、とおもって見始めた映画で拷問シーンをぶつけられたりすると、ひどく裏切られたような気分になる。

 目をそらしても悲鳴は耳に入ってくる。想像は果てしない。つむった目の暗闇のなかでも、映画のなかの彼はやはり拷問を受けている。実際にそのシーンを見ていない分、想像上の彼はもしかしたら、映画のなかでされているよりもずっとひどい仕打ちを受けているのかもしれない。しかしそれを確かめる方法はない。目を開けて拷問シーンをばっちりと見るか、目をつむって拷問シーンを想像するか。どちらにしても、私の心はひどい苦痛を受けるのである。

 

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 そういうわけで、映画館の椅子に座った私はさっきからひどくそわそわしている。ずっと前から楽しみにしていた映画だ。残業をはやめに切り上げて見に来たというのに、映画のタイトルも表示されないうちから気持ちが落ち着かない。ここにきてはじめてこの映画が「R18+」だと気がついたからだ。ああ、なんてことだろう。そうだと知っていたらせめて、どうしてこの映画が成人向けなのか事前に下調べくらいしておいたのに。

 

 そうして私は祈りながら待つ。この映画が「R18+」に指定されるに至ったその、決定的なシーンを。できればエロいシーンが来てくれ。エロいシーンがあるから「R18+」ってことにしてくれ、と祈りながら、主人公がセックスするのを待ちわびている。スクリーンの前で汗をかきながらベッドシーンを待っているなんて変態のようだが、仕方がない。私は必死だ。

 どうか、はやくセックスをしてくれ。