モリノスノザジ

 エッセイを書いています

SWITCH ME!!

 「うちはうち、よそはよそ」と言えば、おもちゃをねだる子どもをなだめる親が言うセリフの代名詞だ。しかし私は、幸か不幸か(?)リアルにこのセリフをぶつけられたことはない。元来我慢強い子どもであったし、おもちゃよりも、家の外に無限に広がる田んぼで遊ぶほうが好きな子どもでもあった。大人になった今聞けば「うちはうち、よそはよそ」。若干詭弁のようなにおいを感じはするものの、黙って受け入れる物分かりの良さが身についた。

 うちはうち、よそはよそ。おもちゃを欲しがるときに、おともだちが持っているから、なんて駄々をこねたって無駄だ。おともだちがそのおもちゃを持っているという事実と、私がそのおもちゃを手に入れるということの間にはなんの関係もないのだ。もちろん、そうやって子どもの駄々をすり抜けようとする親がジャッジしているのは、子どもの訴えそのものが正当か不当かということではない。その背後にあるもの――家庭の資金力の問題であるとか、教育に関する方針だとか、その他もろもろの事情を踏まえたうえでの「うちはうち、よそはよそ」である。これはもう仕方がないのである。世の中にはどうにもならないことだってある。大人になった私は、そういうどうしようもなさを黙って受け入れる、物分かりのいい人間に成長していた。

 

 そういうわけで流行りのゲーム機には長いこと縁のない私であったが、十年物のプレステ2をしまって新しいゲーム機を購入するときがついにきた。きっかけは、というと、まあ、おともだちがSwitchを持っていたからである。

 5年ぶりに再会した大学時代の友人は、あいもかわらずゲーム好きだった。酒を飲みながら久しぶりにゲームの話をして、あのゲームがリメイクされるから一緒にプレイしようとか、あのゲームで対戦したいねなんて話した。その夜は駅で別れて、それはあのころみたいで、まるで明日も明後日も当然会うみたいなお別れだったのだ けれども、家に帰ればひとりである。飛行機から降りたその夜、私は布団のなかでAmazonのカートにSwitchを入れた。大人になった私はずいぶん物分かりがよくなったけれども、一方で、欲しいものは欲しいものとしていつでも手に入れられる経済力を手にしたのだ。

 

 そんなわけでゲームしている。もともと友人と格闘ゲームがしたくて購入したSwitchだ。友人とのフレンド登録も済んでいる。それなのに―――どういうわけか、私が熱心にプレイしているのは、格闘ゲームでもなければこのごろ流行りのどうぶつの森でもない。エクササイズゲーム「Fit Boxing(https://fitboxing.net/)」である。

 

 Fit Boxingは、ジョイコンを両手に握り、画面に示されるタイミングに合わせてパンチを打つボクシングフィットネスゲームである。画面中央にはインストラクターが一人いて、タイミングに合わせて声掛けをしてくれたり、パンチがうまくいくと褒めてくれたりする。デイリートレーニングの目的や強度は設定から変更することができ、その日のコンディションや鍛えたい部位に合わせたトレーニングを行うことができる。ジョイコンのセンサーをパンチの判定にしようしているため、半端なパンチを打っても認識されない。それがむしろ下半身を意識した動きにつながり、数分の運動でもしっかりやればそれなりにきつい。

 

 Fit Boxingは麻薬である。もともと、大の運動嫌いである私が、ゲームと言えども、エクササイズに夢中になるなんてことがあるはずがないのだ。それなのに私は毎日嬉々としてエクササイズを行っている。Switchを起動しないで過ごした一日には、夜になるとFit BoxingのBGMが脳内で流れ始める。どうにも身体を動かさないことにはいられなくなる。一度布団に入ってから、どうしてもたまらなくなってSwitchを起動した夜もある。Fit Boxingはまごうことなき麻薬なのである。

 

 Fit Boxingになぜそこまで中毒しているのかというと、エクササイズをしてへろへろになるのがいいのである。運動初心者の私はあるときまで、ごくごく軽いモードのエクササイズしかしてこなかった。ある日、モードを変えてやってみた。しんどい。途中からほとんど何も考えられなくなって、ただ画面に映るインストラクターに指示されるとおりに身体を動かしているだけである。しかし、それがよかった。そのころの私は仕事のことが心配でかなりまいっていて、布団に入ってもなかなか眠れない日が続いていた。どうにもできないことを毎日思い悩んで、寝不足になって、元気もなくて、さらに落ち込む負の連鎖に陥っていた。Fit Boxingは私をそんな毎日から解放してくれたのである。それからの私は、Fit Boxingなしには生活できなくなってしまった。心配事がなくなった今でも、である。

 

 ピコン!Switchを起動すると、通知が出る。フレンドがオンライン状態でSwitchを起動しているという通知である。同時に向こうにも通知が出ているに違いない。相手が先にSwitchを起動していた場合、フレンドには私がSwitchを起動したことの通知とともに、私がプレイ中のゲーム名も表示されている。「Switch買ったよー!スマブラやろ」とLINEを送ったきりいつまでも誘ってこずにFit Boxingばかりプレイしている私のことを、友人はいったいどう感じているだろうか。フレンドには私がプレイしたゲームの総プレイ時間も見られるはずである。

 

 そんなことを考えながら、私は今日も見えない敵に向かってパンチを打つのだった。

 

お題「#おうち時間