モリノスノザジ

 エッセイを書いています

森の書斎から

 一人暮らしの部屋に書斎をつくった。いや、つくったというよりは、気がついたらそうなっていたというほうが正しい。ベッドの脇に、天板と脚だけのシンプルなサイドテーブル。LEDのスタンドライトを取り付けて、ノートとボールペンを置けば即席書斎のできあがりだ。夜中でも朝方でも、なにかを考えついたり思い出したりしたときは、手探りでLEDライトを点けて、ベッドにうつぶせのままペンをとる。近くにノートがあろうと、毎晩寝る前にお祈りをしていようと、書けないときには書けないものなのだけれど、寝返りをうてば消えてしまうほどのちょっとした思い付きを書きつけるにはちょうどいい。そういうわけで、眠れない夜はときどきむっくりと頭を起こして、スタンドライトの小さな明かりで枕の上のノートを照らしている。

 

 いつか書斎を持ってみたかった。考えてみれば書斎というのがいったい何をするための場所なのか、「書」というからには何かを書くための場所なのか、しかし文筆家でもない一般の(?)人の家にもあるようなものなのだから「何かを書くための場所」という解釈が正しいのか、それすらもわからないままただ書斎というものに憧れていた。なんとなく「書斎ってこういうもの」というイメージが私のなかにあって、いつか書斎を手に入れたいと思っていた。手に入れた書斎がこんなものになるなんて、考えもしなかったけれど。

 

 理想の書斎とはこういう感じだ。部屋の一面は大きな窓で、窓の前にひとり掛けのソファとサイドテーブルが置かれている。残りの二面は天井まで高さのある書棚で占められていて、棚にはえんじ色や深緑色の艶のある背表紙がずらっと並んでいる。ソファとは別に書き物をするためのデスクがあって、天板は大きく、学習机についているみたいなダサい作り付けの棚はもちろんない。シンプルなつくりの机に、座り心地のいい椅子。机のうえには、万年筆のインクや未使用の便せんがきれいに並べられている。散らかってははいない。この部屋で私は休日の午後を読書して過ごし、友人に手紙を書き、日記を書く。夜になると、大きな窓から夜の街が見渡せる。これが私の理想の書斎だ。

 

 実家には書斎がなかったので、こういった書斎のイメージがどこから来たのかはわからない。だけど、私のほかにも書斎に夢を見ている人がいるとすれば、その書斎イメージは私の理想の書斎イメージとそこまで遠くはないだろう。つくりつけの書棚とか、机と椅子とか。理想ってたぶん、あんまりバリエーションの幅がないのだ。理想の書斎というのは書斎の典型的イメージからどこまでも外れないもので、たとえば部屋の真ん中にハンモックが吊るされているとか、椅子がバランスボールだとか、そういうイメージはなかなか生まれない。ましてや、ベッドに寝転んだまま物を書く書斎なんて、手に入れるまでは考えつきもしなかった。けれどまあ、それはそれでたのしい。窓から見えるのがうつくしい夜景ではなくて隣家の脱衣所の明かりだとしても、広い机がないとしても、自分だけの書斎というのができてみるとそれなりに愛着が沸くものだ。小さな明かりも、なんとなく自分だけの秘密の書斎といった感じがして悪くない。

 

 そんなわけでこのブログは、リビングときどきベッドサイドからのお届けとなっている。