モテるタイプとモテないタイプ
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「休みの日って何してる?」って聞いてくる人がどんな答えを求めているのかわからない、という記事を書いたところ、水辺のgotoさんからコメントを頂戴した。水辺のgotoさん、ありがとうございます。うれしいです。コメントをいただけるのはうれしいことなのですが、感謝の気持ちからくるおべっかなどとは別に、私は水辺のgotoさんのブログを拝見していつも、自分とは違う考え方でありながら、水がなじむように浸透してくる言葉に不思議さを感じていて、ようするにある種特別な存在です。そんな方に私のブログを見ていただいているということ、コメントをいただいたことがうれしい。そして、自らの狭い了見のなかで好き勝手に綴っている文章に投げかけられるコメントは、これまで私には見えていなかった物事の新しい側面を照らし、暗い井戸のなかに一筋差してくる光のようでもあります。感謝です。
さて。gotoさんから頂いたコメントを読んで私は、ああ、だから私はモテないんだなあと思った。そうわよ。「休みの日って何してる?」という質問が投げかけられる時点で相手の意識の矢印はこちらに向いている。相手はこちらに興味を持って、会話をはじめようとしてくれている。ある種のお誘いである。にもかかわらず私は場違いに生真面目な回答をしたり、別の話題に切り替えていっときの会話の盛り上がりでやりすごそうとしていた。会話の腰を折っていたのは相手ではなくむしろ私のほうだったのだ。
モテるタイプというのは、こういう「好意のチラ見せ」にうまく反応してちゃんと育んでいける人なのだと思う。そういう人は、「休みの日って何してる?」という質問の裏にgotoさんの言うような好意の片りんをすぐさまかぎつけ、適切なラリーを続けられるのだろう。たとえば、うーん…。「いつも暇してるよー!何か面白いこと知らない?」とか、そういう隙を見せるなどして。そう考えてみれば、毎週親に電話する時刻まで決まっている私に隙など感じるはずもないし、まあ私はモテないわけである。
思い起こせば昔からそうだ。中学生のとき、近所に大型のゲームセンターができた。開店から数カ月経つと、小・中と同じ学校に通いながら一度も話したことのない同級生に「ゲームセンターとか行ったりする?」と突然尋ねられた。私はゲームセンターに行ったことがなかった。そして、これからも行くつもりはなかった。それで「行かない」と答えると、会話はもうそれきりであった。同級生は「そっか」と言って去っていった。それは9年間同じ学校で過ごしたなかで唯一の会話だった。思えばこれも、「休日って何してる?」と聞かれて正直に答えるにもかかわらず、それ以上の興味を持ってもらえない今の私と同じだ。多少の社会性を身につけた今であれば、「行かないけど面白いの?」くらいは言ったかもしれない。それも良い回答とは思えないけれど、「行かない」で会話のシャッターを下ろしてしまっていたあの頃よりはずいぶんマシな気もする。
思うにモテるというのは、隙間と隙間を埋める技術なのだ。好意を持っている自分と、そうでない相手の気持ちの溝を埋める技術。相手の好意を受け止めて、手を取り一緒に次へ進んでいく技術。モテないタイプは逆に、相手に好意を持っている自分自身の気持ちの高まりと、何でもない相手の地表との高さの違いを認識できず、溝を埋める前に気持ちをぶつけてしまったりする。それとなく気持ちをにおわすなんて器用なことはできなくて、唐突に告白しては「森くんは恋愛対象としてみれない」なんて言われちゃうタイプ。その一方で、相手がにおわせてくる好意はキャッチできずにたくさんのチャンスをみすみす逃してしまってる。難しいものです。