モリノスノザジ

 エッセイを書いています

ほんの記録(3・4月)

 何年も前のちょうど、今ごろ。大学に入学したばかり、一人暮らしを始めたばかりの私の家に、友人がやってきた。大学に入ってはじめてできた友人で、部屋に友人が遊びに来るのもはじめてだった。

 ただひとつ残念だったのは、先輩がひとりくっついてきたことだ。誘ってもいないのに、いつの間にやらわが家へ向かう列に加わっていた。そして、部屋に着くなり私の本棚を覗き込んで言うのだ。

「ひとの本棚を見ると、その人がどんな人なのかだいたいわかるよね」

 その言葉には明らかに私に対する嘲りの色がにじんでいて、それで何を言いたいのかなんとなく分かった。彼の指さした先には、当時流行っていた涼宮ハルヒシリーズのスピンオフ漫画『長門有希ちゃんの消失』があって、ただでさえ幼い私の本棚がいっそう恥ずかしくおもえたものだ。

 彼の言葉にはうなづけないものがないわけでもないし、このとき彼にそう言われていなければ私が同じ言葉を誰かに投げかけることがあったかもしれない。けれども実際のところ、本棚にどんな本が置かれているかということ、それだけからその人がどんな人なのかを理解することは難しくて、むしろ大切なのはそれらの本を読んでその人がどう感じ、どう考えたのかということのほうだろう。

 読むこともそれと同じで、どんな本を買い、どんな本を持っているかが私にとって重要なのではない。そんなことを考えながら、これは3月と4月に買った本に関する、ほんの記録。

 

 

宮下規久朗『モチーフで読む美術史』/『しぐさで読む美術史』

 西洋の絵画にはキリスト教の教義を伝えるために描かれたものも多い。その描かれ方には一種の「お約束」や「目印」のようなものがあるのだけれど、キリスト教徒ではない日本人の私の目は、そういったたくさんの読み解き目印を見逃してしまう。

 この本は、絵画で用いられるモチーフや描かれるしぐさについて解説したもの。基本的には1テーマにつき見開き1ページという構成になっていて、こういう本が常に一冊手元にあると、歯みがき中とか通勤中とか、ちょっとした時間にさっと読めていい。

モチーフで読む美術史 (ちくま文庫)

モチーフで読む美術史 (ちくま文庫)

 

 

 廣野由美子『批評理論入門ー『フランケンシュタイン』解剖講義』

 短歌を読んで、映画をみて、小説を読んで、自分なりに考えたりもするのだけれど――いや、いったい”何を”考えているというのか?文学作品をどう読めばいいのか(恥ずかしながら)私は理解していなくて、それゆえに何かを読んだ私から出てくるのは単なる「感想」に過ぎない。

 批評について勉強してみたいと考えて、この本を選んだ。まだ冒頭の数十ページしか読めていないのだけれど、すでに目から鱗。作品を読みとくとはこういうことなのか。早く続きが読みたい。

 

柳田国男『婚姻の話』

 私には結婚がどういうものなのかわからない。結婚するということの本質はどこにあって、結婚によりどのような効果が発生するのか。

 そして、結婚や家族をめぐる制度に関して議論されるときには必ず「伝統的な家族のあり方」といったワードが出てくるけれど、この伝統的なる家族のあり方というのはいったいどの程度以前からこの国にあったものなのか。今日の婚姻制度が近代的な憲法の成立とともにできたものだとすれば、伝統と言ってもたかが百年とか二百年とかその程度のものではないのか?昔の人たちは「家族」というものをどう考え、どう暮らしていたのだろうか?

 この本に収録された論文の多くは終戦後に書かれたもので、新憲法(現在の日本国憲法)が成立して、日本社会が様々な面で大きく変化していた時期にあたる。かつての日本で行われていた婚姻の習俗のあり方を読んでいると、私たちが「伝統」と思い込んでいたものとはいったい何だったんだろうと思わされる。

 結婚はこれから家庭をもつ若い人たちの問題なのに、ただ年取ったものばかりでその問題を論じようとしている、とか、これから少子化が進むだろうといったことも書かれていて、ずっと昔に書かれたことなのに現在と響き合うところがあるのを面白く感じる。

婚姻の話 (岩波文庫)

婚姻の話 (岩波文庫)

  • 作者:柳田 国男
  • 発売日: 2017/07/15
  • メディア: 文庫
 

 

沼澤茂美・脇屋奈々代『美しい星座絵でたどる四季の星座神話』

 選ぶ本があまりにも人文系に偏りすぎているので、たまには違った本を、と歩きまわった理学書フロアで購入した本。しかし、中身は神話なので実質文学寄りですね…。

 星座神話としてよく知られているメソポタミア・ギリシャ由来の神話だけではなくて、世界各地の神話が取り上げられている。ギリシャ神話由来でおおぐま座と見られる星々が、遠く離れたアメリカ・インディアンでも同じおおぐまの形の星座として見られているという話とか、はじめて知ることがたくさんあって面白い。絵もきれい。

四季の星座神話: 美しい星座絵でたどる

四季の星座神話: 美しい星座絵でたどる

 

 

 広瀬巌『パンデミックの倫理学』

 政府がする新型コロナウイルス対策に対して、どうしてこうなんだろう?と疑問を抱いたり、ややイライラした気持ちになることもないではないけれど、じゃあどうすればいいんだと言われると私にもよくわからない。

 この本は、WHOでパンデミック対策の倫理指針策定に携わった著者が、その結果をまとめて2008年に公表されたワーキングペーパーの内容、そして2020年に起こった新型コロナウイルスのパンデミックを踏まえて著したもの。倫理学の基本的な考え方からスタートして、ワクチンの配分方法、ベッドの割り振り方など、現実に即した問題を論じている。
 よりシンプルで直感的に判断することもできそうな問いからスタートして、徐々に具体的で現実的な場面での問いへと導かれる。新型コロナウイルスの蔓延に対してどう対処すべきかという問題は、単に経済の問題であるとか、単に医療の問題であるということはなく、現実的には様々な問題が入り混じった複雑な判断である。倫理的にどうすべきか?というのもまたそのうちのひとつであるのだけれど、その一つをとっても簡単に白と黒を区別できるものではないということを、改めて考えさせられた。

 

 河合祥一郎『シェイクスピア』

 シェイクスピアは、戯曲の読み方がわかっていなかったころに一度読んで、そのときはとても最後まで読めなかった。けれど、二カ月前に同じ著者の『リア王の悲劇』を読んでみて、シェイクスピアってこんなに面白かったのかと気がついた。それで、この本。

 どうでもいいことだけど、シェイクスピアって「シェイク・スピア」だったんだな、というのが心に残っている。 

シェイクスピア 人生劇場の達人 (中公新書)

シェイクスピア 人生劇場の達人 (中公新書)

 

 

 瀬川拓郎『アイヌと縄文ーもうひとつの日本の歴史』

 北海道・北東北の縄文遺跡群のHPを読んでみたら、知らないことばかりだった。北海道内にも縄文時代の遺跡が数多く残っていること。本州で縄文時代が終わった後も、北海道には「続縄文時代」「擦文時代」といった独自の時代区分があること。縄文人とアイヌ文化の間には何かしらのつながりがありそう?なこと。

 北海道の博物館は本州とだいぶ変わっている。縄文時代の展示から始まるのは同じとして、北海道では縄文時代の船や矢じりが展示されているすぐ次からもう近代になってしまうのだ。そのことを私は、縄文時代が終わったら北海道にはアイヌの人たちが住むようになって?アイヌの人たちは文字を残さなかったから、本州の人々が北海道にやってくるまでの間の記録がなにも残っていないのだ、と思っていたのだけれど、それがいかに無知であったのかを思い知らされた。縄文人ネットワークの広さにも、北海道で起こっていた動きにも、初めて知ることばかりだった。

 

谷川 由里子『サワーマッシュ』

 短歌の歌集に帯がついていると、そこに帯文が載っていたり(これはふつうの本と一緒)短歌が何首か載っていたりするのがだいたいの場合なんだけれど、その帯に書かれた数首の短歌を読んで、この本は私の家にやってくることになるだろうと確信した。ほしい歌集は手に入るうちに買っておかなければ。 

サワーマッシュ

サワーマッシュ

 

 

 4月はなかなか時間がとれなくて、久々に行った本屋で本がものすごい勢いで私の腕に飛び込んできた。まるで砂漠で水を飲むみたいに、本に対する貪欲さが私のなかにこんなにもあったなんてと驚くくらいだった。

 本を読む時間も、本屋に売っていたらいいのにな。最後まで読み終えていない本がたまるばかりだ。