モリノスノザジ

 エッセイを書いています

男と女と友情と

 だいたいのところ飲み会はルーティーンが決まっていて、一次会では先生も呼べるような最低限に小ぎれいな店。二次会は魚民で、その次は暗い路地裏のせっまいバー。それでも飲み足りないときは後輩がバイトしてるタイ料理店。そうやって無駄に店を変えては、どうでもいい話ばかりした。学生の頃。

 「森はさ、どう思う?男と女の間に友情って成立すると思う?」なんてたしかにいつだったか聞かれたことがあって、そのときはなんて答えただろう。私は無駄にかしこぶってずるいところがあるから、もしかしたら「うーん…、それは難しい問題だね」なんて言ってごまかしたりしたのかもしれない。でも、それはたしかに今の私にも難しい問題だ。なんてったって私には、「男」も「女」も「友情」も、それがなんだかわからない。

 

 性的マイノリティ、なんてごっつい言い方しなくったって、もともとみんないろいろだ。それは、どんな相手に性欲を感じるか、どんな相手を好きになるか、どんな身体を持っているか、ということだけではなくて、たとえばどんな言葉をつかってどんな装いを好むか、とか、いろいろな視点がある。そういういろんな軸をひとつひとつ考えてみたら、たぶんだけど、すべての面が典型的に「男」とか「女」とか呼ばれる性の特徴に振れ切っているわけではないと気がつく人だって少なくはないはずだ。それなら、いったい「男」とか「女」ってなんのことだろう?

 

 それに「友情」っていったいなんだろう?「男と女の間に友情って成立すると思う?」というとき、あたかも男と男や女と女の間になら友情が成立するかのように言うけれど、本当だろうか?友情じゃなかったら性欲なのだろうか?恋人とのセックスを望まない人がいたとして、彼らは永遠に恋人同士にはなれないのだろうか?あるいは、友情は実のところセックスを伴わないだけで根本のところで性欲に根差した関係性なのではないのか?

 

 …なんてことで、正直に言って私にはわからない。「男」も「女」も「友情」も。そしてその男とやらと女とやらとの間に友情とやらというものが成立するのかどうかも。だから、男と女の間に友情は成立するのか?と尋ねられたらまず私は問わなければならない。まずはその、男とか女とか友情ってやつがなんのことなんだか教えてくれ。

 

 ――なんて言ったら、こいつ、つまらないやつだって思われるんだろうな。ぐだぐだになだれこんだ深夜のバーで、まじめに友情の話をしたくてそんな問いを投げかけてくるとは思えない。相手の真意はきっと別にあるはずだ。

 大人になるまで気づかずにいたけれど、コミュニケーションとは自分の意見を言うことではない。相手が欲しいものを返すことだ。「新しい髪型、どう思う?」と聞かれたらすかさず褒めること。愚痴をこぼされたら、話を聞いて慰めてあげること。「連休なにするの?」と聞かれて自分の計画を長々と話すのは100点ではない。そのとき相手も同じことを聞いてもらいたいと考えている。つまりそう。何かの問いを発するとき、相手は逆に自分の考えを話したいと思っている。または、自分の話をしたいと考えているのだ。

 

 「男と女の間に友情って成立すると思う?」と問う彼/彼女は、男女間の友情ということに関して考えざるを得ない何事かを経験したに違いない。それは男女間の友情を疑わせるようななにか、もしくは、異性との間に芽生えた友情に対する驚きのどちらかである。

 

【ケース1】

 彼女には長年付き合いのある男友達がいる。幼いころから同じ公園で遊び、入学式の日には家の前で一緒に写真を撮り、同じ市民ホールで成人式を迎え、互いの親や兄弟とも仲が良く、今でも犬の散歩中に出会えばしばらく会話をするような関係だ。彼女が風邪をひいたときには彼が彼女を見舞いに来るし、彼が初めてできた恋人に振られたときには彼女が慰めてやった。彼女はその男友達から、ある日突然恋心を伝えられる。ずっと好きだったんだ、付き合ってほしい。彼女は困惑する。彼のことは友達だと思っていたのに。男と女の間の友情なんて、しょせん偽りの関係なの?

 

【ケース2】

 彼は幼いころから女性によくモテた。彼の家はずいぶんな資産家で、彼自身もやがて家業を継ぐことになっていた。勉強も運動もたいしてできなかったけど、女性たちは彼のそんなところをかえってほめそやした。彼がわがままを言っても、嘘をついても、彼の周りの女性たちは彼の見方をする。そうして彼はやがて、女性を信じることが難しくなった。みんな自分の背後にある金ばかりをみていて、誰も本当の自分自身をみてくれはしないと感じた。そんな彼は、ある日、一人の女性と出会う。彼女は、彼の家の莫大な資産のことを知っても、他の女性のように態度を変えはしなかった。絶対に彼におごらせようとはしないし、彼が家族や恋人について相談すると親身に話を聞いて応援してくれた。彼は感動した。男と女の間にも、友情が成立するなんて…!

 

【ケース3】

 彼女は今ある相手に片思いをしている。彼は彼女と同じ会社に勤める3つ年上の先輩で、入社以来ことあるごとに食事に誘ってくれたり、休みの日にはほかの同僚たちとも一緒にキャンプに行ったりもする。彼とは登山という共通の趣味もあり、二人で登山に出掛けたことも何度かあった。難関の山を登り遂げたときにはハイタッチもしたが、行き帰りの車のなかで助手席に座る彼女の胸はいつも大きく高鳴っていた。こんなにも私に目をかけてくれるのだから、少しくらい私に好意を持ってくれていてもおかしくはないのではないだろうか?それとも、もしかして彼は私のことを単なる女友達だと思っている?いったい、どっちなの?どう思ているの?

 

【ケース4】

 その相手は今目の前にいる。自分のことをどう思っているかなんてストレートな聞き方はできないけれど、こう聞いてみたらいったいなんて答えるだろう?男と女の間に、友情って成立すると思う?

 

 などなどと。私に限ってケース4のようなことが起こるわけはないし、何か悩みでもあって話を聞いてほしいというのが関の山だろう。

 

 友達だと思ってた人がそうじゃなかったとか、何でもないと思ってた人が実は友達だったとか、そんなのよくある話だ。それは男女間に限らず、男男間でも女女間でも、夫婦でも、親子でもある。今ある関係がずっと続くとは限らない。それでも、今友達だと思える相手がいるなら、それをあえて疑ったり否定したりする必要はないんじゃないか。それが異性だから、いつかは恋愛感情に変わってしまうかもしれないから、これは偽物の関係だなんて、そんなこと思わなくてもいいんじゃないか。

 だけど私たちはそういうどうでもいい目の前のことでぐだぐだと悩みたがる生き物だ。悩むこと自体を楽しんでいる側面もあるし、偉そうなことを言っておいて私だっていつも人間関係のことでうだうだ悩んでいる一人でもある。うーん、と情けないうなり声をあげてから、とりあえず私は答えておく。

 

「それは難しい問題だね」。

 

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ですね。note(https://www.desunenote.com)さんのリライト企画に参加させていただきました。

普段あまり書かない恋愛(?)系を。Sさん、楽しい企画をありがとうございました。

 

『第2のRira』⑦(企画記事&元記事はこちら↓)

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