モリノスノザジ

 エッセイを書いています

6月のやまびこアパート

 スマートフォンを使い始めてほぼ8年。その間に何台かの世代替わりを経て、それでも新しい機種を買うたびにダウンロードするアプリがある。tenki.jp(https://apps.apple.com/jp/app/tenki-jp/id433865746)だ。ほかの天気アプリと比べて優れている――かどうかはわからないけれど、一時間単位の天気予報を確認できること、快適な服装や水道凍結の危険度といった日常に役立つ情報の表示機能が便利で使い続けている。

 

 そんな頼りがいのある天気アプリに、でも、年に一度、必ずがっかりすることがある。私は花粉マスター。これまでに住んできた土地で、その土地それぞれの花粉に応じた花粉症を発症し、そのたびに逃げるように別の土地へ移り住んできた。地元ではイネ科の花粉にやられ、次に暮らした街ではスギ・ヒノキにやられ。真冬を除き、ほぼ一年中どこかしらに敵のいる身である。

 

 そんな私が今やられているのがシラカバ花粉だ。この花粉は本州で多くの花粉が飛びまわる2~5月からやや遅れて、6月頃から北海道の空を飛び始める。花粉症は悲惨だ。一般に知られているくしゃみ・鼻水・目のかゆみだけにとどまらず、肌荒れ、頭痛、喉枯れ、さらにひどいときには熱が出ることすらある。花粉症の時期になると私は、目を覚ますや否やくしゃみマシーンと化す。くしゃみのしすぎで腰が壊れるんじゃないかと思うくらいただただくしゃみばかりしている。症状がひどい日には、花粉症のせいで一日中頭がぼーっとして、くしゃみ以外なにもできないまま夜になってしまう。

 花粉症患者にとって、花粉の飛散量は気になるところだ。多いとわかったところで何ができるわけでもないけれど、少なくとも心構えをすることができる。なんだかだるいな、と思ったとき、その原因が花粉であると知ることができる。薬を用意することもできる。そういうわけで、私はtenki.jpを開く。事前に登録してある「花粉指数」マークをタップして、明日の花粉状況を調べる。

 

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 …。

 

 シラカバ花粉は本州で代表的花粉が飛散する時期に遅れて飛び始めるので、tenki.jpでは情報を取り扱っていないのだ。絶望。毎年6月、同じように「花粉情報」をタップしてはうなだれている。とても悲しい。シラカバ花粉によって苦しんでいる人間がたしかにここにいるというのに、花粉情報はもう配信されない。tenki.jpに見放された。まるで、花粉症で苦しんでいるのは世界中で私ひとりしかいないみたいな、そんな寂しい気分だ。
 

 

 目が覚める。まぶたの上も下もじんわり重たくて眼球がほんのりかゆくて、ああ、今日はだめな日なんだ、と即座に気がつく。と思うとなんとなく身体もだるい。8時から12時までの間で佐川の荷物が届くんだよなあ、なんて考えながら、布団のなかでだらだらTwitterの画面を更新し続けている。ベッドサイドの窓の外からは、隣の建物に住む隣人が目覚めたようで、なんか小さな叫び声を何度も上げている。あとなにか引きずるような音。

 なんとかダイニングテーブルについてだらだら朝食をとっている間も、奇音は続く。…というか、別の窓からも聞こえてこないか。南側の窓の外に耳を凝らす。どこからか小さく男の叫び声、連続。ビビーっとなにかを引きずるような音。いったいなんだろう?と考えるうちにくしゃみが出て、鼻をかんで、ようやくその音の正体に気がついた。どこかで誰かがくしゃみをしたり、鼻をかんでいる音なのだ。

 

 寝室の窓から聞こえるのは隣の建物に住む隣人のくしゃみ。そして鼻水をすする音。派手なくしゃみをするわけじゃないけど、とにかく朝目覚ましが鳴ると同時に鼻をかんでいる。

 居間の窓から聞こえるのは、たぶん同じ建物のどこかに住んでいる別の住民。ギャグみたいにド派手なくしゃみを何度もする。頻繁に鼻をかむけど、音を聞く感じだと中身が出ていない。そういうことってある。

 私が住んでいるアパートは、駐車場を挟んで向かいに別の建物がある。そういうわけで、窓を開けたまま大きな音を立てると、音が反射してこちらの建物に返ってくるのだ。くしゃみのやまびこだ。

 

 ひとたび住民たちのくしゃみや鼻かみ音に気がつくと、なんだか気になるものだ。連続でど派手なくしゃみが聞こえてきたりすると、思わずふふっと笑ってしまう。ときどき私もくしゃみのセッションに参加する。あっちの窓とこっちの窓で、まるで連鎖したみたいに交互にくしゃみをして、それがなんだかおもしろくて、鼻水まみれのままで笑う。なかなかくしゃみが出ないと、むしろくしゃみがしたくなってくる。あんなに嫌だった花粉症なのに、不思議だ。tenki.jpには見捨てられた私たちだけど、意外とすぐ近くに仲間っているのかもしれない。