モリノスノザジ

 エッセイを書いています

りんご恐怖症

 りんごがこわい。りんごがこわい。シャリっとあまいりんごがこわい。秋の味覚まっさかり、あかくてまるくてあんなにかわいいりんごが私はこわくてたまらない。

 

 私はりんごに怯えている。隣で他人がりんごを食べている音を聞くだけでも鳥肌が立つ。丸のままの赤いリンゴはまだしも、皮をむかれた果肉を見るとだんだんムズムズしてくる。りんごのあの、、果肉のシャリシャリが歯と歯の隙間に挟まる感じ。前歯をりんごに差し込んでからりんごが割れるまでの間の、歯とりんごとかこすれるような、そんなむずがゆい感じがよみがえる。はてには、あのシャリシャリが爪という爪の間に入り込んでくるところまで想像してしまう。これを書いている今だって、りんごのことを考えてはぞっとして、どこかへ逃げ出したいくらいだ。

 私のまわりにはほかにりんご恐怖症患者がいない。そういうわけで、りんごに怯えているのは私ひとりなのだと思っていたのだけれど、どうやらそうじゃないらしい。インターネットの検索バーに『りんご 食感』と打ち込むと、即座に『りんご 食感 苦手』とか『りんご 食感 嫌い』といった検索予測が表示される。ためしに検索してみると、りんごを恐れおののく恐怖症患者の叫びの声がぞくぞくと集まってくる。りんごをかじる音を聞くだけで背筋が凍るとか、全身に寒気が止まらないとか、私ですら負けそうな恐怖ぶりである。

 

 同じようにくすぐったくてこわいのは、にんにくの芽だ。にらも若干。口にほおばると、歯と歯茎の間でキュッキュとこすれてむずがゆくて、とても食べてなんていられない。ひと噛み、ひと噛みするごとにつるつるした緑色が歯にこすれる。…うぅ、やっぱり、想像しただけでこそばゆい。

 

 それでもなんとなくりんごやにらが食べたくなることがあって、たまに、ほんとうにたまにスーパーで買ってくる。りんごは皮をむくまえに爪を短く切り、何日か(食べられずに)置いたのち、覚悟が決まったら包丁をいれる。シャリ…。包丁越しにりんごの果肉特有のあの感じが伝わってくる。私は歯を食いしばって最後までりんごをむき、甘いにおいだけに意識を集中してりんごをかみしめる。

 …。

 

 想像のなかではあんなにくすぐったいりんごなのに、実のところ、実際に食べてみたらそんなにたいしたこともないのだ。それなのに、NOTムズムズ体験を経てもなお私のりんごに対する恐れは払しょくされない。今日も今日とて、お昼に隣の席で上司がりんごを食べる音をきいてはふるえている。

 いったいどうしてこんなにりんごがこわくなってしまったのだろう?