モリノスノザジ

 エッセイを書いています

ご近所ドラマチック

 どうやらここのところご近所に赤ちゃんが住んでいるらしく、朝といわず夜といわず泣き声がきこえてくる。熱帯夜が続いた半月前頃はとくに夜泣きがひどかったようで、まあ私はうるさければ耳をふさぐこともできるし、ただゴロゴロしながらうなっているだけなのだけれど、赤ちゃんが泣くたびに起こされてはあやしたり世話をしたりするパパ&ママのことを考えると子育てというのは本当に大変なのだなあと思う。

 

 ふしぎなのは赤ちゃんの声が時間帯によっていろいろな方向からきこえてくることで、昼間は東からきこえてくると思えば、夜は西のほうが大きくきこえる。それも、お昼にはずいぶん遠くで泣いているみたいだ。これはもしかして、近所に同時多発的に複数の新生児が生まれたのでは?と考えたこともあったのだけど、おそらくは同じ建物で泣いている赤ちゃんの声が向かいの建物に反響しているのだろう。でなければこの少子化真っ只中の世にあって、こんなに狭い範囲に同時期に子どもが生まれるというのもふしぎだし、なにより昼間しか泣かない東の赤ちゃんと夜しか泣かない西の赤ちゃんというのは変だ。そう考えて納得することにする。

 

 建物に反響してきこえてくるのは赤ちゃんの声だけではない。夜中、女性が泣いているような声がきこえてうっすらと意識が現実に引き戻される。私に霊感はないし、もちろん幽霊の声ではない。それがどういう声なのか気がついたとき、私はつい目を覚ましてしまったことを後悔する。きいているとこっちまで興奮してくる、ということもない。ああいうときの女性ってどうして泣いているみたいな声を出すんだろう、とか、明日も平日だっていうのにご苦労なこと、なんて思いながら夢への旅路を引き返す。最近はふたりの“周期”みたいなものがすこしわかってきてしまっている自分がいて、われながらなんだかなあと思う。

 

 おとといも、短くしゃくりあげて泣くような女の声で目を覚ました。だがいつもとは違う。よく聞くと、か細い女の声と混じってうっすらと音楽がきこえてくる。リズムを感じさせないゆったりとした音楽。NHKのプレミアム特集『地球ドラマチックーグレートバリアリーフ、生命のドラマー』なんてのがあったとしたらBGMで流れていそうな音楽だ。

 

 うっすらとした光のなかでかすかに揺れる海藻。

〈グレートバリアリーフに夜が訪れました〉

 静かな海底は夜に包まれ、よりいっそう静まり返る。

〈おや、サンゴ礁のまわりに小さな魚が集まってきたようです〉

 魚たちがにわかに動き始めて、さっきまで静かだったグレードバリアリーフがかすかな緊張感に包まれる。特集は山場を迎えつつあり、BGMはゆっくりと、張り詰めるような緊張を伴いながら鼓動のようなリズムを持ち始める。

〈…見てください…!月の光を浴びたサンゴが、一斉に産卵を始めました…!〉

 あたり一面のサンゴが同時に産卵したたくさんの卵たちが、満月に照らされたグレートバリアリーフをまっ白に散らばっていく。それは海底から見上げればまるで雪のようで、その美しい情景をとらえた場面にBGMも最高潮を迎えていた。

 

 …という具合に、♪ユーーーーーーーーーーーーーンン…ユーーーーーーーーーーーーーーーン…ってリラックス音が次第にジン…ジン…と盛り上がり始め、ついには♪…ジャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンン…とクライマックスを迎えるのである。

 例のカップルがムードを出すために流している音楽なのかもしれないが、それにしたってふたりが愛を語らうのにこんなチョイスがあるものだろうか?と思わせるようなBGMでもあり、時間が経つにつれて盛り上がりを見せる一方のムードと合っているようで絶妙にずれているのが妙な味わいを生んでいる。もしかしてこれも、第三の反響音なのだろうか?

 窓からはいろんな音がきこえてくる。