モリノスノザジ

 エッセイを書いています

運命の日

 2017年3月5日が運命の日、と占い師は言った。


 正月なんてものは初詣とか親戚のあいさつだとか、そんなもろもろを済ませてしまえば案外退屈なもので、あまりにも退屈なものだから普段だったらやらないことをやりたくなる。一念発起してジョギングを始めたり、今年の抱負なんて真面目に考えちゃったり。イオンのわけのわからない福袋や初詣の出店でまずいクレープを買ってしまったり、賽銭箱の前で手を合わせてみたり。占いなんてやってみたのも、きっと正月の浮かれた気分と退屈さのせいだったのだと思う。

 それはYahoo!トップページに表示された無料の占いで、生年月日を入力してボタンを押すと、その年の運勢が表示されるもの。正直なところ私は「占い」というのを信じていいのか、今のところよくわからない。ましてや無料の占いだ。どうせ誰にでも当てはまるような、それでいてどこかピントが合わないようなアドバイスを読んで、しばらくすればそんな占いを読んだことも忘れてしまうんだろう。そう思っていた。占いはたしかに誰にでもあてはまりそうなどことなくふわふわしてしかし希望に満ちていて、けれども決して具体的ではないアドバイスをした。これはその占い結果の一部だ。

2017年上半期は、自らのコントロールを超えたところで運命が動き出す時期にあるようですよ。1月から2月にかけては、まだこれから起こることの予感も感じられない穏やかなとき。しかし、運命は突然に動き出します。電撃が走るような、決定的な出来事は3月に起こるようです。「一目惚れの恋」のように一瞬で、「その瞬間に何かが変わった」ことがわかるでしょう。

 そしてこう告げた。

とくに幸運日の【3月5日】あたりは。物ごとが大きく、そして急激に変化を遂げるかもしれません。

 

 こうして2017年3月5日は、私にとって運命の日になった。

 

 地元から300㎞以上離れたこの街に、林(仮名)が暮らしていると知ったのは1月のことだった。林は同じ中学校の後輩で、私は林が好きだった。私たちはそんなに悪くない関係だったけれど、なにも起こらないまま互いに中学を卒業し、別々の高校へ進学し、そしてその後もなにも起こらなかったので、私たちはふたたび出会うこともないままそれぞれに大人になった。

 最後に会ったあの日から10年以上経った冬の日の風呂のなか、私はふと林のことを思い出した。インターネットで名前を検索したのはほんの遊びのつもりで、まさかそこから何かが起こるとか、また林に会えるかもしれないだなんて考えてもいなかった。結果として私はその検索結果一覧から林の所在と連絡先を突き止め、ふたたび出会うことになる。10年ぶりに林にメールを送ったのは、2017年3月5日のことだった。

 

 林がこの街にいることを知ってからずっと、あの占いのことが頭から離れなかった。もう一度占いのページを開いてはその文章を繰り返し読む。『決定的な出来事』がほんとうに自分の身に起こるのだとしたら、それは林との出会いに違いないと思った。けれども私は不安だった。なにしろ林とは10年以上連絡を取っていない。同じ中学の先輩・後輩とは言えとても仲が良かったとは言えないし、もしかしたら私のことを忘れているかもしれない。それに、ネットで検索して居所を知ったとわかったら引かれるのではないだろうか?イタズラメールだと思われて返事はもらえないかもしれない。それに、仮に林と会えたとして、私が好きだった林とすっかり変わってしまっていたら?不安な思い付きはひとつもやっつけられないまま「運命の日」はやってきて、私は林にメールを送信した。

 

 林に送るメールを書いているとき、そして送信ボタンをクリックするとき。運命の動く音がはっきりと聞こえた。いや違う。自分が運命を動かしている手触りが、たしかにあった。これから先どうなったとしても、それを自分が選択した運命として素直に受け入れられるような気がしていた。私は自分の人生を生きていながら一度も、自分が人生の主人公だと感じたことはなかった。物語の主人公のようになにかに秀でているわけでもないし、特別なことだってなにひとつ起こらない。太陽のような人はいつだって私ではなくて私のそばにいる誰かで、私は主人公じゃなくて脇役なんだって思っていた。でも違う。メールの送信ボタンを押した瞬間、私の運命が音を立てて動きだす音を聞いた。それは、運命は自分の行動の先につくられるものなのだということを知った瞬間でもあった。

 

 こうして2017年3月5日は運命の日になった。けれど2017年3月5日がもとから「運命の日」だったとは思わない。運命ははじめからそこに準備されていたものではなくて、その日を「運命の日」にしたのはほかでもない私自身の行動の結果であるからだ。それでもとにかく2017年3月5日は私の人生を変えた。私は私の人生を変えられると、私が知った日。そうか、やっぱり2017年3月5日は「運命の日」だったのだ。