モリノスノザジ

 エッセイを書いています

めとめとスナップ

 2、3週間前からグラフィックソフトの自主トレーニングをしているのだけれど、どうもぴったりこない。いや、ピッタリしすぎるのだ。画面上に描いたふたつの図形を近づけると、磁石みたいにくっついてしまう。いやいや今はくっつかなくていいとき、と、カーソルでむりやり引き剥がすのだが、気を抜くとすぐくっついている。ほんとうはちょびっと間を空けて置きたかったんだけど…と思いながら、しかたないのでどんどん歪になる画像を組み立てていく。

 どうやら「スナップ機能」といって、ポイントとポイントをぴったり合わせる機能がONになっていたらしいことに気がついたのは、ソフトのガイドブックを半分近く読みすすめてからだった。

 

 グラフィックソフトのスナップ機能がはじめからONになってるのと同じように、私のスナップ機能もはじめからONだったみたいだ。人混みで、電車のなかで、道端で。すれ違うたくさんの人と、私は目が合う。意図的にじっと見つめあっているわけじゃない。私に相手の目をみるつもりはないし、たぶんあっちだってそうなんだろう。だけど不思議なことに、その気がなくても視線と視線はぶつかり合う。まるでグラフィックソフトが、図形の角と角をぴったりくっつけようとするみたいに、不思議な引力に引き寄せられて。

 

 人の眼球はずっと一点を見つめてはいられない。動いているときはなおさらで、進行方向をしっかり見つめているつもりでも、よく注意を払ったらあちこちに注意が散っている。ネオンに看板、道路を横切る自動車。点滅する信号のライト。揺れる電線。花びらが散ったチューリップの茎。前方から歩いてくる歩行者。その、目。

 

 目と目が合うときはふしぎと世界がスローモーションになる。1秒はいつでも1秒だなんて嘘だ。花壇のチューリップから目の前の道路に視線を移すそのひととき、動く視界のなかに偶然入り込んだ視線と私の視線とがスナップされて、ほんのわずかな間、ずっとその人と見つめあってるような錯覚を覚える。視線を外すと、時間はふたたび元通りの速さで流れ始める。とてもふしぎで、きっと「目と目が合う」ということにはもうひとつ何かの魔法がかかっているに違いない。

 偶然に目があうその一瞬がやけに長く感じられるというのは困りものだ。このせいで、「あの人と目が合っちゃった、もしかして?」なんて勘違いが生じたりもするんだから。