モリノスノザジ

 エッセイを書いています

ずうずうしくなりたい

 見てしまった。通勤ラッシュの地下鉄車内。座席は満席、通路はなんとかしてつり革にすがりつこうとする大勢の人たちですし詰めのいつもの光景。そんななか突然空いた座席に、女性がするりとすべりこむのを見た。スムーズだった。かじりついたシュークリームの両サイドからクリームがニュッとはみ出すのと同じくらい自然な動きで、彼女は席に座った。その動きに微塵もためらいはなかった。

 責めているわけではない。電車賃を払っている以上誰もが座席に座る権利を持っているのだから。しかし、私のような小心者は目の前の席が空いたとしてもすぐには座らない。周囲の動きをうかがって、誰も座らないことを確認してから座るのだ。それは周りに配慮した良い行動に見えるかもしれない。けれど実際、は他人の目を気にしているだけに過ぎない。私は周囲から自己中心的だと思われたくないのだ。

 しかし、彼女は眼前に現れたチャンスに対して自らの権利をためらうことなく行使し、何食わぬ顔でスマホを操作している。私が常に感じている「他人の目」という正体不明の圧力が、彼女に対しては効き目がないように見えて、なんだか彼女がとてもうらやましかった。実際のところ、目の前の座席が別の人に取られたところで「ちぇっ」くらいには思っても、別にそれ以上のことはないわけであって、あーあ。私もほんの少しくらいずうずうしくなりたいものです。